この映画を評する上で、まず強調したいのは、その「ハイブリッド性」だ。侍の美学と現代の俗物性が衝突する様は、単なるギャグの連発ではなく、戦後日本のアイデンティティ危機をコミカルに映し出す鏡でもある。監督の鈴木則文は、トラック野郎シリーズで培ったド派手アクションの職人技を、ここでは高校生の「文化祭バトル」に昇華させている。原作連載が1983年から87年まで続き、映画公開時にはまだジャンプの熱気冷めやらぬ時期。ヤングマガジンやリバプールのような競合誌が台頭する中、ヤングジャンプの「不良性感度」を体現したこの作品は、東映の商業戦略の産物として、完璧に機能したと言えよう。

原作者・春日光広の『ザ・サムライ』は、1983年28号から1987年28号までヤングジャンプを賑わせた連載作。血祭武士の「女体アレルギー」というユニークな設定は、侍道の純粋さと青春の性衝動の狭間で揺れる少年像を、痛快に描き出す。漫画版では、武士の「ぐにゃり顔」エフェクトがトレードマークで、映画でも中村繁之の表情演技がそれを継承。だが、映画化の際、脚本家の志村正浩と鈴木則文が加筆したのは、アクションシーンのスケールアップだ。原作の文化祭エピソードを基軸に、財閥御曹司との対決を膨張させ、まるで『トラック野郎』のようなロードムービー要素を忍ばせている。

トリビアとして興味深いのは、原作連載中にヤングジャンプが東映とタイアップを強化した背景。80年代初頭、東映はヤンキー映画のブーム（『ビー・バップ・ハイスクール』など）を背景に、漫画原作の映画化を加速させた。春日光広自身、連載終了後に『サスケ』などのヒット作を生むが、『ザ・サムライ』は彼の「侍×コメディ」ジャンルの原点。しかも、連載誌のヤングジャンプは、鈴木則文の古巣である東映の「不良性感度」キャッチフレーズを、誌面のグラビアや企画で積極的に援用。映画公開直前、ヤングジャンプ1986年1号では、中村繁之の表紙を飾り、劇中カットをフィーチャーした特集が組まれた。こうしたメディアミックスの先駆けとして、『ザ・サムライ』は、後の『東京リベンジャーズ』のようなクロスメディア展開の原型を築いたと言えるだろう。

さらに深掘りすると、原作の「侍高校生」コンセプトは、70年代のヤンキー文化の延長線上にある。『男一匹ガキ大将』や『湘南爆走族』のような不良漫画の影響を受けつつ、侍要素を加えることで「逆輸入」のアナクロを楽しむ。春日光広のインタビュー（非公式ながら、当時のファンジンで語られた逸話）では、「武士は現代のヤンキーの鏡。刀一本で勝負する潔さが、バイクやチェーンに代わる」との言葉が残る。映画版はこの精神を、菅原文太の友情出演という「重鎮の風来坊」役で象徴化。原文太の存在は、原作の「師匠キャラ」を実写化しつつ、東映アクションのレガシーを注入したトリビアの宝庫だ。

製作秘話として、鈴木は脚本に自ら手を加え、原作の「女体アレルギー」を「侍の純情」に昇華。撮影現場では、助監督の羽石龍太郎（後の特撮監督）が、剣戟シーンの振り付けを担当。苧野昇の撮影は、京都の嵐山ロケを多用し、侍の「風情」を現代の喧騒に溶け込ませた。特殊メイクの原口智生は、血祭武士の「ぐにゃり顔」をラバー素材で再現しようとしたが、予算不足で断念。代わりに、中村繁之のアドリブ表情でカバーした逸話が、スタッフの証言集に残る。美術の細石照美は、校舎を「江戸城風」に改装し、編集の菅野善雄はアクションカットを高速マontageで繋ぎ、鈴木の「テンポ命」哲学を体現。

音楽面のトリビアも見逃せない。作曲の埜邑紀見男は、ヤングジャンプのテーマ曲を手掛けた縁で参加。音楽プロデューサーの桐谷浩史は、主題歌「雷魂（サンダー・ソウル）」を中村繁之に歌わせる際、「侍の叫びをロックで」と指示。結果、吉元由美の詞と都志見隆の曲が、公開後チャートインを果たした。BGMの多くは、埜邑の即興セッションで生まれ、鈴木監督の「現場即興」スタイルを反映。なお、鈴木の前作『大奥十八景』（1986年、同年公開）と並行制作され、両作で共通の美術スタッフが「色気度」を競ったという、ノリさんらしいエピソードも。

鈴木の作風分析として、『ザ・サムライ』は彼の「下品で不良性感度」全開の集大成。noteの論考で指摘されるように、男臭い友情とお色気のバランスが絶妙で、侍の「忠義」をヤンキーの「漢気」に置き換える。 アクションは『トラック野郎』のドリフトを剣戟に置き換え、笑いのツボは「侍言葉の崩壊」に置く。こうしたハイブリッドは、鈴木の東映時代（1970年代の「温泉芸者」シリーズから）を経由した賜物で、1986年というバブル前夜の空気を、侍の「古風さ」で風刺している。

キャストのトリビアは、この映画の魅力の半分を占める。主演の中村繁之（1959年生）は、当時ジャニーズの「男闘呼組」前身のようなアイドル俳優。血祭武士役で、袴姿のままバイクを乗り回すシーンは、彼のアクション適性を証明。主題歌「雷魂（サンダー・ソウル）」は、公開後X（旧Twitter）で80年代アイドルファンに再評価され、「サビから始まる勢い」が話題に。 中村のエピソードとして、撮影中「女体アレルギー」の演技で本気で赤面し、NGを連発。鈴木監督が「本物の侍だ！」と絶賛した逸話が残る。

ヒロインの松本典子（1968年生）は、80年代アイドルの女王。山口敦子役で、ボブカットの変貌が話題となり、挿入歌「虹色スキャンダル」（作曲：久保田利伸）のB面を劇中で披露。X投稿では、「髪を切って心機一転」との感想が散見され、映画が彼女のイメージチェンジのきっかけだった。 対する大沢樹生（1964年生）は、ジャニーズJr.出身の悪役・南藩都来。ジャニーズ事務所の協力が製作クレジットに明記されるほどで、彼の「御曹司オーラ」は、ジャニーズの「王子様」イメージを逆手に取ったキャスティングの妙。共演の朝丘雪路（1944年生）は、血祭武士の母・静役でベテラン風格を放ち、堀江しのぶ（1955年生）や森田水絵（1957年生）は、クラスメート役で色気を添える。椎名友美や相田寿美緒の脇役は、当時の東映アイドル枠の典型。

重鎮陣のトリビア：宍戸錠（1933-2021）は教師役で渋みを、渡辺裕之（1954-2022）はライバル役でアクションを、梅津栄（1944年生）はコミカルさを、山本昌平は端役ながら存在感。最大のサプライズは菅原文太（1933-2014）の友情出演。風来坊役で、武士に「侍の心得」を説くシーンは、鈴木監督のオマージュ。原文太は撮影後、「高校生の侍は新鮮。俺の『仁義なき戦い』以来の侍だ」と笑ったという。ビートきよしや山下伸二のコメディリリーフは、鈴木の「下ネタ」テイストを強調。

ジャニーズ協力の深層：大沢樹生の起用は、事務所の「俳優養成」戦略の一環。同時期のジャニーズ映画（『WILD BOYS』など）と連動し、『ザ・サムライ』は「不良アイドル」の橋渡し役となった。

Xの最近の投稿では、2025年8月のポストで「80年代ラブコメの進化系」として再言及され、現代の青春映画との比較が活発。 また、アニメ版（1987年OVA）の声優陣（関俊彦、水谷優子）とのクロスオーバーも、ファン層の広がりを示す。